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駐在員レポート
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シンガポールのベンチャー振興策「テクノプレナーシップ」

【2000年6月】
                                           篠原清志駐在員
1 はじめに
 シンガポールは、1965年に独立して以来、一党独裁による安定した政治の下、優れたインフラの整備、自由貿易政策、積極的な外資導入による産業構造の高度化・高付加価値化、高賃金政策に伴なう労働集約型工業から資本技術集約型産業への転換、優れた教育制度に基づく国民の労働生産性の向上などによって、目覚しい発展を遂げ、1998年の国民所得(一人当たりのGNP)は22,807米ドルと先進国に匹敵する水準にまでなっている。
 このように先進国と肩をならべる水準を達成した今、政府は、独立以来の多国籍企業の製造拠点、世界一の港に代表される東南アジア域内におけるサービス拠点としての機能のみでは、今後の発展は達成できないと考え、21世紀に向けての経済戦略の柱に、新たな起業家によるハイテク事業の振興・ベンチャービジネスの振興を掲げ、99年4月にこれを推進するための政策「テクノプレナーシップ21」を発表した。

2 テクノプレナーシップ21の基本構想
 シンガポール経済を支える産業として、10年以内に、先進国を念頭に置いたグローバル社会で競争できる知識集約型のハイテク企業セクターをシンガポールに建設することを目指している。成功のキーポイントは、ただ単に研究者やイノベーターなどの才能あふれる起業家を育成するばかりでなく、投資銀行やベンチャーキャピタル、アナリスト、マーケティング、特許、起業弁護士なども必要な要素としてその整備充実を目指している。
 そして、起業家を生み、ハイテク企業を創出するための具体的な政策の重点を次の4つの分野に置いている。
u教育、uインフラ整備、u規制緩和、u資金提供
また、この政策を実施する上では、国際的な連携を強く打ち出しており、シンガポールのベンチャー振興策の大きな特色となっている。

(1)教育
・ IT(情報技術)の浸透
 インターネットの普及など情報通信技術の急速な拡大という時代の流れの中、1997年に「教育分野におけるITマスタープラン」が発表された。同プランの目標年である2002年には、小・中学校で生徒2人に1台のコンピューターを設置。授業全体の30%にITを利用するなど意欲的な取り組みがなされている。テクノプレナーシップ21においても、次代を担う子供たちへのIT関連教育が、ハイテク・ベンチャー企業を生む重要な要素として位置付けられ、急ピッチで整備が進められている。
 1999年には既に、小学校で生徒6名に1台、中学校では生徒5名に1台、教師は2名に1台の設置状況となっている。また、授業で黒板を使う教師は少なくなっていて、液晶プロジェクターに、パワーポイントを使った授業が主流となるなど、教育分野でのIT化は猛烈なスピードで進んでいる。

・ 高等教育での対応
中堅技術者を養成する4つポリテクニーク、社会での指導者を養成する2つの大学の教育内容も大きく変わってきている。
 シンガポールのベンチャーの象徴的な企業としてCREATIVE社(サウンドボードなどコンピューター音声技術では世界のトップを走る企業)があるが、同社の創業者社長は、ポリテクニーク卒業生ということもあって、ポリテクニークにおいては、従来からの実践的な教育に創造性を開発する教育内容を積極的に取り入れている。多くの企業との共同研究・開発が行われていて、学校というよりも、研究所や工場のようなスペースが多くなっている。

クリエイティブ社ビル

   シンガポール ベンチャーの雄「クリエイティヴ社」

 2つの大学、シンガポール大学(NUS)と南洋工科大学(NTU)の変革も急ピッチである。シンガポールの技術・研究をリードしてきたシンガポール大学は、今後もその役割を担うべく、シリコンバレーのスタンフォード大学のように多くの研究所を大学周辺に建設、授業には起業家講座なども開設している。教員についても終身的地位の授与の基準を厳しくして競争原理を導入する方向にある。政府は、2000年中に世界で12~15位の大学にするべく努力している。南洋工科大学についても、米国のMITに範をとった大学にすることを目指している。
 なお、大学生及び大学卒業生を対象にハイテク起業家精神を喚起する目的で、シンガポール大学と国家科学技術庁が「テクノベンチャー事業計画コンテスト」の開催を99年9月に発表している。

・ 外国の教育機関との連携
 シンガポール大学に隣接する地区を「サイエンス・ハブ」として整備しているが、ここに世界でトップクラスの教育機関10校を誘致するとの計画の下、既にフランスのビジネススクールINSEADやシカゴ大学が2000年にビジネススクールを開設する。
 シンガポール大学の一角には、米国で医療・バイオ研究で先頭を走るジョンズ・ポプキンス大学が医療関連の共同研究と医療教育活動にあたっている。
 シンガポール大学と南洋工科大学は、マサチューセッツ工科大学やジョージア大学と共同で修士過程コースを開設する予定となっているなど、外国の大学研究機関との交流も活発化している。

(2) インフラ整備
 政府は、得意の複合的な開発手法(工業用地、商業地、住宅地に戦略的に区画整理を行って、土地の有効活用、環境整備を行う。)を使って、海外のハイテク企業を誘致する「サイエンスハブ構想」進めている。
 このサイエンスハブは、ブオナ・ビスタ地区に、開発期間15年、面積176ヘクタール、総事業費40〜50億Sドルで建設されている。同地区の周辺には、シンガポール大学などの教育機関やハイテク企業が立地しているサイエンスパーク1・2などが既にあるが、さらに、敷地内にあるMRTブオノ・ビスタ駅、コモンウエルス駅と地区内の施設を巡る軽車両鉄道(LRT)も整備されることとなっていて、東洋と西洋の文化が融合し、海外からも研究者や起業家が集う空間の整備を目指している。
 また、「サイエンスパーク・イノベーション・センター」では、設立まもないハイテク企業に対して、複合的で総合的なワンストップ型の支援、オフィス、会議室、訪問者のための受付、技術支援サービス、弁護士サービス、初期の資金の提供などを行っている。また、入居企業は他のサイエンス・パークのテナント、ハイテク企業、国立研究組織とのネットワークも利用でき、共同研究や技術交流による相乗効果を享受できる体制が整備されている。

サイエンスハブ画像

ベンチャー企業の集積している「サイエンスパーク2」

(3) 規制緩和
 活気あるハイテク起業家の活動にとって障害となる規制・規則は随時見直していくこととしている。

・ 破産法の改正
 破産者や破綻した企業の早期立ち直りを支援し、破産によるリスク軽減を通じて積極的な企業運営を促すのに加え、長期的には起業意欲を育てる効果を期待する目的で、99年8月に破産法が改正された。

・ ホームオフィスの使用
 公営住宅(HDB)や民間住宅を事業用に使用することは基本的に認められていなかったが、起業し易い環境整備の一つとして、一定の条件の下、住宅をオフィスとして使用することが認められることになった。

・外国人起業家への特別ビザの発給等
 外国人の起業家がシンガポールでビジネスを始め易くするために、堅実なプランとある程度の資金を有すれば、6ヶ月の長期滞在ビザを発給することができることになった。また、その延長も容易に行われるようにしている。
さらに、外国人による国内企業の設立(事業登録:会社登記所)と雇用許可証の発給(出入国管理庁)についても連動して手続きが進むようになった。

・ ストック・オプション制度の導入促進
 従業員自社株購入権システム(Qualified Employee Stock Option:ESOP)を行うハイテク・ベンチャー企業とその社員を支援するために、オプション行使により得たキャピタルゲインの納税を最長5年間延納することができる制度を整備した。

・ 証券取引所への上場規制緩和
 有望な成長企業に上場の道を開く目的で、資本の規模や過去の業績に関する規制が、99年9月に緩和されている。

(4) 資金提供
 国内外の民間ベンチャーキャピタルをシンガポール市場に呼び込むことを目指して、99年4月にはテクノプレナーシップ投資基金(TIF)が10億米ドルで設立された。
 その他にもシンガポールでは、政府が法定機関の子会社を通じて積極的にベンチャーキャピタルを設立している。
まず、テクノプレナーシップ21を推進している国家科学技術庁は、投資活動を活発化するために以下の制度を導入している。

・ビジネス・エンジェル基金(Business Angel Fund:BAF)
 この基金はスタートアップのハイテクベンチャー企業に投資する個人投資家(エンジェル)を支援するプログラムである。

・テクノロジー・インキュベーター・プログラム (Technology Incubator Program:TIP)
 創業されたハイテク企業のビジネスを軌道に乗せるために、国家科学技術庁が任命した3社で組織されたインキュベーター・マネージメント・カンパニー(IMC)が経営指導と資金提供の両方の支援を2年間行う制度である。

・テクノロジー開発基金(Technology Development Fund:TDF)
 シンガポール国内のハイテク企業を支援するためのみならず、シリコンバレーにある米系ハイテク企業などにも投資して、将来的にそれら企業の研究開発拠点をシンガポールに誘致する目的で創設された基金である。この制度では、国家科学技術庁がベンチャーキャピタルとして機能し、傘下のTDF Management Pte Ltd社により基金の投資・運用が行われ、マイクロエレクトロニクス、情報・マルチメディア技術、製造、エンジニアリング、素材、環境工学等の産業が投資対象とされている。(一件当たりの投資額は25〜150万米ドル)
 当初、5,000万Sドルの規模でスタートしたTDF Iは25社の地元企業に出資し、さらに15社の外資系企業が研究開発拠点を設けるのに使われた。次いで97年にTDF2と称して、同様目的の1億Sドルの基金が設置され、国内外の60社以上のベンチャー企業に投資されている。99年にはさらに1億5千万SドルでTDF III基金が設立されている。
 また、シンガポールの経済政策の参謀本部ともいうべき、経済開発庁(EDB)では、投資活動を加速するため、完全子会社のEDB Investments Pte Ltd (EDBI)を85年に設立して、「EDBベンチャー」、「シンガポール・バイオ・イノベーション」、「ファーマバイオ成長ファンド」、「重点産業開発基金(CDF)」など独自のファンドを設立する他、民間ベンチャーキャピタルと共同で以下のようなファンドを設立している。

・シード・ベンチャーズ(Seed Ventures)
 経済開発庁と米ベンチャーキャピタルのウオルデン(Walden International Investment Group)が共同で設立。インターネット、情報技術、通信、半導体、ヘルスケア、バイオテクノロジーの高成長分野において、スタートアップ企業を対象としている。
 シード・ベンチャーズ1は、90年に700万Sドルで設立され、国内外の20社に投資され3倍の収益を挙げ終了。シード・ベンチャーズ2は、94年に2,100万Sドルで設立され、42社に投資し収益を上げ終了。現在シード・ベンチャーズ3が3,400万Sドルで設立され、早い段階で資金調達が必要なハイテク分野の企業に投資をしている。

・ライフサイエンス・インベストメンツ (LSI)
 国家科学技術庁と経済開発庁が共同で、医薬品やバイオなどの振興を図るための基金 「ライフサイエンス・インベストメンツ (LSI)」を99年に2,000万Sドルで設立。

・リージョナル・インベストメント・カンパニー(RIC)
 経済開発庁とシンガポール開発銀行(DBS)系ベンチャーキャピタル、トランスパックは共同で94年に中小企業のアセアン域内進出を支援するために資金提供会社 「リージョナル・インベストメント・カンパニー(RIC)」を設立している。

 加えて、投資環境の整備の一環として、99年12月にシンガポール証券取引所(SES)とシンガポール国際金融取引所(SIMEX)が合併し、シンガポール取引所(Singapore Exchange)が誕生した。この合併は、金融商品を取引する市場の間口を広げると同時に取引効率を向上させ、シンガポール市場の競争力を高めることを目的としたもので、それに伴い、取引仲介手数料の自由化が、大口取引 (売買契約額150万Sドル以上)に対しては2000年1月から、大口取引以外は2001年1月から完全自由化が実施される予定である。
 さらに、米ナスダック市場との間でハイテク企業銘柄を中心としたベンチャー市場の創設も検討されている。

(5)外国との連携強化
 テクノプレナーシップ21では、重点施策のいずれにも、海外との連携が大きな位置を占めているが、包括的にベンチャー育成について交流・連携する関係も出来上がっている。具体的には、現在、ベンチャー育成策で世界をリードするイスラエルとの間で、両国間産業界の研究開発支援・振興を目指して「シンガポール・イスラエル産業研究開発プログラム」 (Singapore-Israel Industrial R&D:SIIRD)を締結するなど、
外国のハイテク企業関連機関・組織との提携を促進している。
 これまで見たように、テクノプレナーシップ21では、ベンチャー振興のために、考えつくありとあらゆる制度の創設、改善が行われている。

3 テクノプレナーシップ21の課題と展望
 21世紀の経済戦略として、グローバル市場で競争力のあるベンチャー企業を輩出させる目的で考案された「テクノプレナーシップ21」は、シリコンバレーのアジア版をシンガポールに構築しようとするものである。政府は民間の提言も取り入れながら、教育現場の革新、サイエンスハブ建設、各種規制緩和、ベンチャーキャピタルの誘致等さまざまな提案を行い、それぞれの施策を極めて短期間のうちに実行に移してきていて、ハイテク起業家にとっては十分過ぎるほどの環境が整って来ているものと思われる。
 しかし、課題も多い。シンガポールは、人口も400万人に満たず、人的な資源も市場としても非常に小さい国であるのに加えて、厳しい学歴社会で、若者は小さい時から、試験での一点の争いに明け暮れ、失敗を恐れ、リスクを回避したがる社会で育っている。また、昨年、ベンチャー企業の上場基準が緩和されたが、この恩恵を受けて上場した企業(多くは赤字)に対する投資が加熱してマネーゲームになってしまっていて、地道にベンチャー企業が育っていくといった感じは受けない。
 テクノプレナーシップ21閣僚委員会の委員長であるトニー・タン副首相も、99年10月、シンガポールのテクノプレナー拠点構想は成功するかとの問いに対して、「成功を保証することはできない。我々は優れた基盤を構築しており、好調なスタートを切ることができた。政府は最善を尽くしているが、成功には至らないかもしれない。」と率直に現状を認めている。しかし、同副首相は続けて、「我々が今やらなければ、生き残れないことは確実である。」として、政府の強い意志を示している。
 これまでもシンガポールは、政府主導で国の進むべき方向を定め、考えられる限りの優遇措置やインセンティブを掲げ、官民一致の協力の下、飛躍的な経済成長を遂げてきた。ベンチャー企業育成のテクノプレナーシップ21も同じスタイルを取って進められている。
 外国人研究者や起業家にも門戸を大きく広げ、外国の大学や機関であっても何の抵抗もなく受け入れるシンガポール、国際的な大競争の中、日本や台湾にも負けない活力ある経済社会を築き上げられるか、その挑戦は続いている。

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