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駐在員レポート
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シンガポールに見るITの活用−生活に浸透する情報技術―

【2001年7月】
                                           岩城徹雄駐在員
1 はじめに
 世界的なIT(情報技術)ブームも一息ついたかと思われる昨今、シンガポールでは、ハード、ソフトの関連産業が経済を引っ張っていること以上に、ITが着実に生活の中に浸透していくことにおいて先進的であるとの印象を受ける。地に足がついたIT革命が進行中という感じがしており、シンガポールの国としての取り組みと実生活への導入例などを紹介したい。

2 IT政策の概要
(1)シンガポールの概要
 東京23区ほどの小さな島に約400万人(外国人含む)が暮らすシンガポールは、政府が早くから情報インフラの整備などを進めてきたおかげで、アジア有数のIT先進国になっている。家庭へのパソコン普及率は58.9%(シンガポール情報開発庁1999年6月調査)で、日本(37.7%;総務庁平成11年度全国消費実態調査)を大きく上回っている。
 2000年までのマスタープランとしての「IT2000」計画に基づき、(1)シンガポールの情報技術ハブ化、(2)電子技術の浸透による国民生活の向上、(3)IT産業を経済成長の牽引車に、(4)地域社会と国際社会のネットワークによるリンク、(5)個人の能力の開発と向上の5つの目標に向かってさまざまな施策が行われてきた。1996年に発表された通信インフラ整備のための「シンガポール・ワン」計画では、全土をカバーする高速通信網を整備することとなっているが、98年末にはほとんどの家庭が、電話回線経由のADSL(非対称デジタル加入者線)接続(最高8Mbps)又はケーブルテレビ回線経由の接続(最高10Mbps)のいずれかにより、この世界初の広帯域ネットワークに接続できる環境が整っている。

(2) Infocomm 21計画
 現在は、2001年から2005年の基本計画「Infocomm(Information and Communication;情報通信) 21」により整備が進められている。Infocomm 21の主要な政策は、通信の自由化、人材育成、IT産業の振興、電子政府計画、情報通信技術ロードマップという5つの政策が基本となっている。

ア 通信の自由化
 政府は当初計画を2年前倒しして2000年4月から完全自由化を実施した。当初計画を前倒ししたのは、アジア地域の通信ハブをめざす香港との対抗のためといった見方もされており、それまでに通信事業免許を有していたシンガポール・テレコミュニケーション(シングテル)とスターハブの2社に、前倒しによって機会損失を与えたとして日本円で2千億円以上にものぼる補償金を払ってまで完全実施を行った政府の強い意志が伺える。それまで政府系のシングテルがほとんど独占していた通信事業に新たに事業者が加わり、料金の値下げ競争は国民の大きな話題になった。

イ 人材育成
 IT産業を支える技術者については、2000年時点でおよそ10万人と推定されているが、2010年までにIT技術を持った人材を25万人確保するなどの目標を掲げ、IT教育の環境整備と充実、技術者のトレーニングなど能力拡大、IT技術者認定制度の導入、外国人技術者の確保などの施策を実施している。
 シンガポールの先端技術分野における技術者は人材不足が指摘されており、必然的に外国人への依存度が高くなっている。最近では、有能な外国人ハイテク起業家を誘致するために「特別ビザ」の発給、新会社を設立・運営するため入国する外国人には「仮雇用許可証」の発給が認められるなど、有能な人材の確保に積極的な政策を打ち出している。

ウ IT産業の振興
 IT産業振興については、この産業の売上高を、2005年には1999年時点の倍の400億シンガポールドルにする、同じく同産業の輸出比率を50%から70%へ増やすなどの目標を掲げ、マルチメディア産業の開発を推進している。また、アメリカのシリコンバレーに情報開発庁の出先を置きシンガポール企業のグローバル化の推進を支援したり、インドとIT分野での協力覚書を結んだりして、海外との連携も深めている。

エ 電子政府計画
 電子政府計画では、生活の利便性向上を目指して、2001年までにすべての行政サービスのオンライン化実施を目標にしている。
 eCitizenと名づけられた政府提供のサイト( http://www.ecitizen.gov.sg )では、「ワン・ストップの市民サービス」をうたって、出生届、死亡届、会社設立手続きなど各種の手続きに関する窓口や添付書類などの情報提供をはじめ、運転免許試験の予約申し込み受付け、交通情報や学校の情報検索、各種統計データの入手、政府出版物の購入など、200種類近いオンライン行政サービスを実施している。
シンガポール国民だけでなく在住外国人にも利用可能な例として、運転免許の試験予約申し込みがインターネットを通じたオンラインでできるサービスが上げられる。長期滞在の外国人が自動車を運転するにはシンガポールの免許への切り替えが義務付けられており、Basic Theory Test(基本理論試験)に合格しないと免許が取得できないが、この試験の受験予約をインターネットでできるようにしたものである。コンピュータに接続したカード読み取り機により受験料もその場で支払うようになっている。

(政府提供サイト eCitizen) 
 政府サイト画像例

(運転免許基本理論試験申込み画面)
運転免許申込画面

オ 情報通信技術ロードマップ         
 情報通信の技術分野における道案内的な指標としての計画で、2005年までに大部分の家庭や職場、学校で高速インターネットへのアクセスを可能にする計画である。ビジネス地区の80%で無線でインターネットに接続できるようポイント局を設置する計画もあり、第3世代の移動体通信や近距離無線方式のブルートゥースなどの新技術も導入していく。技術革新の速さに対応できるよう、このロードマップ計画は年に2回見直されることとなっている。

(3)教育の情報化の推進
 国全体のIT化を進めているシンガポールでは、国民もそれにふさわしい能力を身に付け、創造的な能力を養うよう学校へのIT導入も進んでいる。2002年を目標年次とする5か年計画では、小中学校の生徒2人につきパソコン1台、コンピュータを活用して行う授業を全体の30%に、小学校4年生以上の生徒にインターネットのアカウントを与え全ての教室からインターネット接続を可能になどの目標を掲げ、現在実行中である。既にすべての学校でインターネットのホームページを開設している。( http://schools.moe.edu.sg/
 教師についても情報技術の研修を大規模に行っており、黒板に板書し口頭で説明する授業の進め方から、パワーポイントなどのプレゼンテーション用ソフトを使ったり、自分で撮影した写真やビデオなどを組み込んだ自作のパソコン用教材により授業を進めるやり方に変わってきている。少人数のグループでインターネットなどにより資料収集をして教室で発表するというようなグループ学習も増えてきている。
 実際に小学校を訪問し施設見学などをした際、校長先生自らパワーポイントを駆使して学校紹介や教育制度などを説明し、また生徒も小グループでの発表をパソコンを使って実演してくれた。この学校は普通のレベルのIT導入状況とのことであったが、スムーズに計画が実施され効果が現れつつある感じである。

(パソコンを使って発表をするダマイ小学校の生徒たち)
生徒写真
(パソコンを使って発表をするダマイ小学校の生徒たち)

(4)デジタル・デバイドの解消
シンガポールでは生活の中へのIT導入の進度が早いので、デジタル・デバイドいわゆる情報格差により生活の利便性に差が出るという障害も見逃せない。IT先進国といえども、すべての国民がパソコンを自由に使いこなせる状態にはないため、政府でも労働者向けのパソコン購入補助や、地域での講習会開催など学校以外での教育にも力をいれ、デジタルデバイドの解消を図っている。
自宅にパソコンがなくても、ショッピング街などに設置された情報キオスクから広帯域ネットワークであるシンガポール・ワンに接続して情報検索などできるように、整備が進んでいる。地域によっては駅周辺やマーケットなど人の集まる場所に公衆パソコンを設置し、高齢者や主婦向けに公共料金の支払いや電子メールサービスなどを提供する計画を持つところもある。また、コミュニティセンターでパソコンの組み立てについての講習会(有料)を開催しているところもあるが、シンガポールでは、個人でパソコンを購入する際に経費節減のため、メモリやハードディスクなど各パーツを買い自分で組み立てる人も多いからだという。

3 IT活用事例紹介
 冒頭にも述べたとおり面積、人口ともにさほど大きな規模ではないため、シンガポールでは計画を実行に移すのも比較的容易なようである。ITは生活の利便性向上の一手段との考え方が大きいためか、実社会へのIT適用が進んでいると感じられる。いくつか事例を紹介する。

(1)道路交通管制システム
シンガポールにおいては円滑な交通の流れを確保するため、一般道路や高速道路網のハード整備とともに、ITを利用した先進的な交通管理システムの整備にも重点をおいている。

ア 道路情報提供システム(Traffic Scan System)
タクシーに設置したGPS装置を利用してタクシーの位置、走行スピード情報
を入手し、道路の混雑度、平均スピードをリアルタイムで情報提供するシステムである。

道路情報システム画像

イ 電子道路料金徴収システム(ERP: Electronic Road Pricing System)
これは、市街中心地区(CBD: Central Business District)の車の混雑解消や高速道路のラッシュアワーの渋滞解消を目的として車両に課金するシステムである。すべての自動車、二輪車には通行料引き落としのためのカードが積載され、CBDや高速道路に進入する際、カードから自動的に通行料が引き落とされる仕組みである。カードの残金は、コンビニエンスストアで入金し簡単に増額できる。
 このほか、交通信号を中央管理し実際の交通量に応じて青信号の長さを調節する信号機総合コントロール・システムや、ハイテク・カメラを使用して、高速道路で車の流れを阻害する事故や道路状況を監視する高速道路監視システムも実際に稼動している。

(ERPゲートの下を通過するだけで自動的に料金が引き落とされる)
電子道路料金徴収システム写真

(2)電子図書館情報
 ITを活用して図書館のサービスを向上させ、教育や研究活動における積極的な図書館の利用を進めるため、電子図書館情報システムが提供されている。このシステムは、政府機関や教育機関の図書館をネットワークに接続し、ワン・ストップ・サービスを提供するものである。15のシンガポール国内図書館が接続され、各図書館の書籍カタログ情報等にアクセス可能となっている。

(3) 貿易関係(港湾、通関)ネットワーク
 シンガポール港は、コンテナ取扱量で世界1、2を争う東南アジアの物流の中心でもあり、大型クレーンなどハードの港湾インフラの充実はもちろんのこと、海事関係業者を対象にした港湾関係の総合情報システムであるポート・ネット、輸出入の通関などをオンラインで処理するトレード・ネットといったITインフラも充実している。
ア ポート・ネット(Port Net)
 港湾関係申請手続き、入港スケジュールなど荷役関連の情報提供のほか、コンテナ積載船の接岸後クレーンの移動、輸送トラックの配置、積替え先の船への移動指示などのコンテナ管理、港周辺の船舶航行安全管理サービスなどからなる総合的な港湾情報システムである。これらのシステムにより、年間1700万TEU(20フィート標準コンテナ換算)の取扱量をこなし、船舶ごとのコンテナ処理能力は1時間あたり100個を越える水準で、高レベルの効率的運用を誇っている。
イ トレード・ネット(Trade Net)
 貿易業者は輸出入や貨物の第三国への転送に際して税関申告から許可証発行、関税・消費税の支払までの一切の手続きをオンラインで一括処理することが可能となっている。現在では、問題のない輸出入許可申請は1分以内で決裁され許可不許可の判断が出ており、1日当たり約20,000件に上る申請のうちほぼ98%がこの範囲内で処理されている。さらにサブシステムとして、貨物代理店や通関運輸業者がフライトや本船の予約から積荷目録作成にいたるまでオンライン処理できる電子データ交換システムの統合が進められている。

(ITによる無人運転の最新クレーン設備を備えたシンガポール港パシルパンジャンターミナル)
港写真
4  おわりに
 シンガポールでITが進んだ背景には面積・人口規模が小さいことの他に、国会がオール与党に近い状態で政策を実行しやすいことや、教育が英語で行われており国民の多くが英語を理解できること、新しい物好きの国民性など、いくつかの要因が考えられる。周辺諸国に比べて整ったインフラにより、日本をはじめ外国企業が地域統括本部を置く現状では、アジアの情報ハブを目指すという目標は達成されつつあるようである。
 しかし、資源をはじめ人材や投資など他国に負うところが大きいため、2000年には10%の高成長率をあげた経済も2001年には減速が予想されている。これまで順調に進んできたIT導入にもあるいは停滞が見えるかもしれないが、「国民生活の向上」という目標はいつまでも追いつづけてほしいと思う。


参考文献
「アジアITビジネス環境」(財)国際情報化協力センター監修 (株)エヌ・エヌ・エー

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